一言コラム集・命名編(4)
占い一言コラム集は遠山快空(陽陰姓名術「天使の占い」の生みの親であり、 遠山球希の師匠)の格言日記の中で述べている「一言居士」をピックアップした ものです。占いをする立場の者の姿勢や占いに対する考え方の基本的な考え方をストレートに述べています。 皆様方の何かの参考になればと思いここに記しました。
※いちげん-こじ 【《一言居士》】 何事によらず必ず何かひとこと言わなければ 気のすまない人。
◆命名というものの中には、ただ本人の識別のためだけという意味しかないというとそうではない。命名というのは、アイデンティティであるということを忘れてはならない。「アイデンティティ」は「自己同一性」と訳す。そもそもこのことばの語源は「同じもの」を意味するラテン語のidem である。だからこそ、命名は「どういう自己なのか?」ということを問うて付けるべきものなのである。簡単に扱ってはならない。 ◆命名を考えるときに、心を働かせることは、親からどのくらい吸収して、親を越える主体性を持てるかということにある。自然界では、親が子供にすべてを与えて、いずれ親と子の関係は切れていく。ところが人間は文化を創造してしまった。それ故に、いつまでたっても親子の関係は切れないのだ。だからこそ、子供は親に負けない主体性が必要なのだ。そうしないと、子供は親につぶされてしまうからだ。 ◆「ゲド戦記」という映画を見に行った。そこでは、面白いことにすべての人たちが通称を使用していた。本名は名のらないのだ。もし本名を名のれば、そのものに支配されてしまうと考えているからだ。それほど名前は自分の心を表していた。名前に込められた宇宙観や人生観は、人の生き様を支配していると考えられていたからだ。安倍晴明も「本名」にとらわれることを”呪”といっている。だから命名を間違うと、人生の歯車も間違ってしまう。 ◆命名というのは、人間に与えられた特権なのだ。何故かというと、地球上で一番最初に名前をつけたのは、聖書に出てくる人類史祖と言われるアダムだからだ。彼がつける名前が動物や植物のすべての名前になったのだ。命名というのはそれだけ大切で権威あるなものなのだ。 ◆命名ということは、国によって様々な違いがある。例えば、ジョンの息子だからジョンソンというように、いとも簡単に命名するる場合もある。または、歴史上の聖人にあやかって命名する場合もある。日本の場合はもっと複雑で、そこには様々な暗号やら、人の繋がりに隠された意味がある。「名は体を表す」ことから、本当の名を隠して、諱が使われたりもした。いずれにしても命名された名前はそれ自体が宇宙を表し、その法則の中に置かれていることを忘れてはならない。 ◆命名のときに、執拗に感じに執着する人がいる。そういう人は気をつけた方がいい。何故ならば、子供をは自分の子供と思っているからである。当たり前だと思われるでしょうが、そうではない。子供は決して自己の所有物ではないのである。その命は既に子供自身のものなのだ。だから所有してはいけないのだ。ではどうすればいいのか?大きな親の愛で、愛してあげればいいのだ。命名にはそういう精神が必要なのだ。 ◆命名には不思議なことがある。それは、親が希望している名前がことごとく運勢が悪いという場合なのだ。その反対にとてもいい運勢をもった名前を考えてくる人もいる。どちらがラッキーかというと、考えてくる名前が運勢が悪いという人なのだ。そういう人は、「天使の占い」にであって運勢が転換できるからなのだ。 ◆昔の人は命名で、実にひどい名前を付けたもんだ。捨松なんてのはまだいい方で、とても言えないような名前を付けたりもした。それは、悪魔も見捨てるような名前を付けることで、無事に成長することができるように祈ったのだ。命名するときにはそういう親の祈りの世界があったはずである。 それを忘れないことだ。 ◆命名する上でのポイントは、大局をとらえて小さなことは融通の範囲に任せることなのだ。どういうことかというと、命名ですべて運勢や性格でOKというようなことは絶対にあり得ないということなのだ。だから、しっかりと全体のバランスをとらえていて、小さなことは自分や周囲の持つ影響力の中でうまくカバーして自己成長を計れるようにしてあげることなのだ。 ◆命名というのは、親の願いが相当はいっていて、その愛情が命名というかたちになって表れる。しかし、実はそればかりではないのだ。そこには天の意志が働いていると見るのである。だから人間が精魂傾けてつけた名前でも、そこには思いがけない要素が入り込んだりする。そのことが命名された名前に大きな力を与える。だから命名によって人それぞれが自分のミッションを持つことになる。 ◆親子問題で事件が多い。子が親を殺害してしまうケースだ。またその反対もある。いったい何がそうさせるのか?一朝一夕にそうなったのではあるまい。親子の繋がりに異変が起きているのだ。赤ちゃんに話しかける親が少なくなった。情動が人間の理性を活発にさせることを考えると、親の方がそういう繋がりを重視しなくなったことこそ問題だ。そういう中で命名は親と子の心 情的な繋がりを築く最も近道だ。運命式の中には親子の繋がりをしっかりと築く秘密があるのだ。 ◆伊達政宗公の名前は、先祖の中で最もすぐれた人の名前にあやかって命名された名前であるのだそうだ。そういう功績を持った人の名前にあやかって命名するというのは、実はそういう運勢を相続するという意味も含まれる。それでは、ただ名前をあやかったら皆そのように素晴らしくなるかというと、そんなに簡単なものではない。そのような運勢を顕現させるほどの努力と環境整備なくしては実現しない。幸い政宗公はそのような人的な環境に恵まれていた。
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