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◇長尾景虎から上杉謙信へ

◇長尾景虎から上杉謙信へ

■長尾景虎から上杉謙信へ
宗教家から極度な緊張を伴う知的な戦術家へ

■長尾景虎
タイプ28-35:物事を内面まで深く掘り下げ、戦略的策戦的思考ができるタイプ

<長尾景虎の運命式>
23 15 27
16 35 19
28 20 27

■上杉謙信
タイプ29-36:自分の評価に気を遣い、知識や情報を集めて、細かく知的に気配りをしながら、知識や知恵を中心とするタイプ

<上杉謙信の運命式>
19 10 27
12 36 24
29 26 33

長尾景虎の運命式を見てみましょう。
彼は幼い頃より父親の愛を受けられず、厳しい環境の中で育ちました。
寺に出されて、そのままいけば越後の王者になれなかったのですが、父親が急に没してしてしまったのです。
病弱な兄が跡を継いだのですが、その兄では国が治まりきれず、結局兄弟の激しい勢力争いが起こりました。
この戦いで彼は勝利し、兄を殺さず許して父親の後を継ぎ、全国統一に向かって歩み始めました。

彼は軍事の天才です。というよりは、本当は僧侶になった方がよかったのかも知れません。
そんな運命式をしています。
心霊数28と本性35は洞察力にとみ思索型です。
仕事数27は何事かなさんという成就型の運勢を持っています。
人気数23は自分がリーダーであることをしっかりと主張します。
長尾景虎という運命式は、信仰を持って力を発揮する運命式であるといっていいでしょう!
かれが軍事の神様毘沙門天を信仰することで、彼の運命式は大いなる力を発揮していったと考えていいでしょう!

その景虎が上杉の名跡を継いで関東菅令職に就くと、彼の戦い方が変わってきます。
武田信玄との川中島での戦いはあまりに有名ですが、それは一部の隙もなく厳しく戦略を立て、実に緊張した戦いになってきます。
それは上杉謙信と改名したため、大きく運勢が転換したからなのです。
心霊数29、本性36、人気数19ともに廻りすぎる知恵と極度の緊張を強いられる運勢を持っています。
そして気配りを怠りなくしながら、それでも本人はいらだちを覚えることが多くなります。
家庭格26も緊張と思索型の性格になります。

このあまりに余裕のない緊張した運勢と性格の故に、謙信自信が卒中という病で運命の幕を閉じてしまったのです。
歴史にもしもという言葉はないと言われていますが、彼が生きていれば戦国の地図は塗り替えられていたでしょう。


名前の分析と解説

◇織田信長 ■天下への系譜・織田信長
◇木下藤吉郎 ■木下藤吉郎は信長の運命式を変えた
◇今川義元 次の将軍に最も近かった大名
◇斎藤道三 マムシという異名を持った大名
◇淺井・朝倉軍団 近江の名族はこうして滅んだ
◇足利義昭 将軍を返上するための名ばかりの将軍だった
◇明智光秀 信長を許せなかった明智光秀
◇武田信玄
武田晴信時代
父とは異なる方向性を実行
◇武田信玄時代 天倫に背いた結果が自身に及んでしまった
◇前田犬千代から
前田利家へ
犬千代で試練に遭遇し、利家で花を咲かせた
◇織田信長と
前田利家
愛する女性が二人の運命を変えた
◇島勝猛と
石田三成
天下を演出した男たち
◇木下藤吉郎と
秀吉時代
出世魚のように名前を変えることで、天下が舞い込んだ
◇豊臣秀吉 朝廷から豊臣姓を賜って天下が一代に
◇長尾景虎から
上杉謙信へ
宗教家から極度な緊張を伴う知的な戦術家へ
◇伊達輝宗から
伊達政宗へ
親子で創り出した奥州の英雄
◇戦国の英雄
伊達政宗
伊達家中興の祖でありながら、戦国から太平の世への橋渡しをした男
◇徳川家康 長尾景虎に近い運命をもって天下を望む