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◇木下藤吉郎と羽柴秀吉

◇木下藤吉郎と羽柴秀吉

■木下藤吉郎と羽柴秀吉で天下を統一する
出世魚のように名前を変えることで、天かが舞い込んだ

■織田信長
タイプ35-40:人を大切にして人の和と人の輪を中心として、戦略的思考するタイプ。ただし特別な数字22は激動を表す。

<織田信長の運命式>
31 23 32
26 40 14
35 17 22

■木下藤吉郎
タイプ37-40:自分に対する結果や形、スタイルを中心として、人の和と人の輪を作るタイプ

<木下藤吉郎の運命式>
22  7 31
19 40 27
37 33 36

■羽柴秀吉
タイプ19-29:自分の評価に気を遣い、知識や情報を元に知的に比較配慮するタイプ

<羽柴秀吉の運命式>
22 16 23
12 29 17
19 13 23

秀吉を語る場合、信長を語らずして秀吉を語ることは出来ないのです。
秀吉は信長という人間の強烈な力に引っ張られ、これを支えるような形で勢力を伸ばしてきました。
そこで秀吉という人間の人生路程と名前の影響を調べてみたいと思います。

● 木下藤吉郎
・信長に仕え桶狭間の戦いに参加、信長の馬の口をとる。
・美濃攻めで一夜城に成功する。(墨俣城)
・稲葉山城落城に功をたてる。
・浅井、朝倉との聞いで姉川決戦のあと近江長浜城主となる。このとき信長の重鎮であった丹羽長秀と柴田勝家の羽と柴をもらい、羽柴秀吉と改名する。

● 羽柴秀吉
・各地を転戦し、高松城水攻めのとき信長が本能寺の変で倒れる。
・山崎の決戦で明智光秀を打ち破る。
・柴田勝家を滅ぼす。
・大阪城の築城を始める。
・小牧、家康と会見。
・50歳 関白太政大臣-豊臣秀吉に改姓。

● 豊臣秀吉
・小田原攻め、北条氏滅亡。
・ 54歳 天下統一、朝鮮戦争始める
・63歳 秀吉死亡。

一人前の大名として独立するまでの藤吉郎は信長と表裏一体、まさに分身のような働きとみてよいわけです。
信長の運命式と比較してみるとよくわかります。
先ず本性が40で同じです。
これは本質的に同じ世界を持ち、まず組織の力を形成し、まとめる求心力になります。

馬が合うといった方がいいでしょう!
信長の運命式が及ぼす力が全ての運勢影響を与えています。
信長の人気数31は目的観念に徹した徹底した合理主義的関係になり、心霊数35は思索にふける戦略型で、本性40は人の和と組織を考えます。
仕事数32は、深く思索された裏付けに基づくアイデアや工夫になって現れます。

そんな信長を藤吉郎は人気数22の力によって情報収集と外交の天才的能力で信長の目的指向型の人気数31を補佐し、信長のアイデア型の仕事数32は藤吉郎の仕事数31の目的に力を提供します。

信長の心霊数35は深い思索の中にありますが、藤吉郎の心霊数37はこれに信念と力を与える天性の明るさを持っています。
戦国に幕を閉じた信長の力は藤吉郎なくして発揮することはなかったでしょう。

さて、この藤吉郎、大名になって独立し羽柴姓を名乗るようになるとどうなるでしょうか。
運命式を見て下さい。

仕事数23と愛情数23はリーダー型の運勢になります。
そして、心霊数19と本性29は知恵を司ります。ここから秀吉は単なる調子の良い信長の部下ということから変身します。
仕事数23でリーダーとして振る舞えるように、心霊数19と本性29の知恵、それに人気数22が応援するようになります。

こうして羽柴秀吉の運命式は、知恵と外交による戦という独特のスタイルを形成するようになります。
秀吉の作戦が、人を殺さないで戦いに勝利する彼独自のやり方はこんなところから出てくると思われます。(高松城の地形を利用した水攻めなどはよい例です)

信長が倒れると、彼の運命式の力は中国大返しをやってのけ、明智光秀を滅ぼしてしまいます。

秀吉は信長の作った土台の上で、まるで信長の亡霊に守られるかの如く並いる武将を押し退け、天下を統一して関白豊臣秀吉となったのでした。

◇豊臣秀吉

■豊臣の姓を賜って天下の運勢を失う
朝廷の呪いで一代限りの天下になってしまった

■豊臣秀吉
タイプ26-33:リーダー的自分を中心として、戦略的に思考して活動するタイプ

<豊臣秀吉の運命式>
26 20 27
19 33 16
26 13 20

この運命式を見てガッカリします。これでは天下の仕置きをすることはできません。
天下太平とはいえない乱世が、このときまではまだ続いているのです。
そんな時に、彼の特殊な運命式の運勢が消えてしまっているのです。時の朝廷の謀略かとも思える改名なのです。

彼の運命式は、心霊数26、本性33、仕事数27という組み合わせが、まさに自分中心の欲望を満たす為に、何でも利用しようとするクモ男に変身してしまったのです。
それでいて、愛情数20は愛されたい症候群なのです。
仕事数27は結果を求める運勢ですが、天下を取った秀吉は動機が傲慢になり、自分中心になっていきます。

羽柴時代まで持っていた人気数22の知恵と外交の運命式の魔力から比べると天と地の差があります。
ましてや側近に石田光成など事務的な侍がいるようでは豊臣政権は先が見えていたと思います。
周りには徳川家康、伊達政宗など深慮遠媒形の武将がいっぱいいるわけですから、同じ土俵で戦っていては豊臣政権が耐えられるはずがありません。


■戦国武将の名前分析・天下統一に関わる武将達の名前分析をしてみた。

◇織田信長 ■天下への系譜・織田信長
◇木下藤吉郎 ■木下藤吉郎は信長の運命式を変えた
◇今川義元 次の将軍に最も近かった大名
◇斎藤道三 マムシという異名を持った大名
◇淺井・朝倉軍団 近江の名族はこうして滅んだ
◇足利義昭 将軍を返上するための名ばかりの将軍だった
◇明智光秀 信長を許せなかった明智光秀
◇武田信玄
武田晴信時代
父とは異なる方向性を実行
◇武田信玄時代 天倫に背いた結果が自身に及んでしまった
◇前田犬千代から
前田利家へ
犬千代で試練に遭遇し、利家で花を咲かせた
◇織田信長と
前田利家
愛する女性が二人の運命を変えた
◇島勝猛と
石田三成
天下を演出した男たち
◇木下藤吉郎と
秀吉時代
出世魚のように名前を変えることで、天下が舞い込んだ
◇豊臣秀吉 朝廷から豊臣姓を賜って天下が一代に
◇長尾景虎から
上杉謙信へ
宗教家から極度な緊張を伴う知的な戦術家へ
◇伊達輝宗から
伊達政宗へ
親子で創り出した奥州の英雄
◇戦国の英雄
伊達政宗
伊達家中興の祖でありながら、戦国から太平の世への橋渡しをした男
◇徳川家康 長尾景虎に近い運命をもって天下を望む